水平と真っ平

職人日記

昔、駆け出しの職人だった頃、酒の席で年配の大工に聞かれた。

「お前、大学出の職人だってなぁ」 「はい」
「では、今から俺の言う質問に答えてみろ」

そう言われて、顔を思いっきり近付けられて聞かれたのは
「水平と真っ平の違いが判るか?」 「同じでしょう」 「ふん、お前も、まだまだだな」

「いいか、水平は曲線だが真っ平は直線、水平は自然だが真っ平は人工なんだよ」 「つまり天井は真っ平に作ると、住んでいる人からは、いずれ天井の真ん中が垂れ下がって見える、同様に床は真っ平にするとすり鉢に見える、何故なら重力があるからさ」

「建築工事で言うレベルを取るは、真っ平にする事では無く、水平にする事なんだぞ」

彼が言った通り、真っ平にして施主に引き渡すと、やがて天井の真ん中は垂れ下がって見え、床がすり鉢状になる事が、果たして重力のせいに拠る物か否かは、今だに良く判らない。

が、こうして経験を積んでみると、完成時の「真っ平」は永遠では無い事が良く判る。

例えば、面積が大きいけれど重量物を置かないフローリングの施工は、多少真ん中を凸にしてやったりだとか、狭いけれども端に家具を並べる様な部屋は敢えて真っ平にしておく(=家具の重量がすり鉢を矯正する)、こんな細工は自然と身に付いた。

理由がロジカルかどうかは別として、そんな小技も含めて、私達職人はお金をもらっているのです。